いつも飛鳥FCへ厚いご支援と温かいご声援をいただき誠にありがとうございます。
このたび、吉田朋恭 選手が、2025シーズン限りで飛鳥FCを退団し、FC BASARA HYOGO(関西1部)へ移籍することとなりましたので、コメントと合わせてお知らせいたします。
| 吉田 朋恭(よしだ ともやす)選手

●生年月日 1997年9月24日(28歳)
●出身地 群馬県
●身長/体重 171cm/67kg
●ポジション DF
●背番号 21
<サッカー歴>
前橋育英高校→産業能率大学→福島ユナイテッドFC(J3)→モンテディオ山形(J2)→栃木SC(J2)→テゲバジャーロ宮崎(J3)→飛鳥FC(JFL)※期限付き移籍加入
<JFL/Jリーグ出場記録>
2020 福島 (J3) 34試合1得点
2021 山形 (J2) 18試合0得点
2022 山形 (J2) 5試合0得点
栃木SC(J2) 7試合0得点 ※期限付き移籍加入
2023 栃木SC(J2) 25試合0得点
2024 宮崎 (J3) 18試合1得点
2025 飛鳥 (JFL) 14試合0得点 ※期限付き移籍加入
通算 121試合2得点
■吉田朋恭 選手 コメント
『今シーズンで飛鳥FCを離れることになりました。
飛鳥FCに多大なるご支援してくださったスポンサーの皆さま、遠くても寒くても暑くても中々勝てず苦しい時も常に僕たちのことを応援し続けてくれたサポーターの皆さま、美濃さん(美濃部監督)をはじめとするスタッフ、フロントの皆さま、飛鳥FCに関わるすべての人たちに感謝いたします。一年間ありがとうございました。
去年の夏過ぎから突然試合に出られなくなり、それでも心に燃やす火を絶やさず常に前を向いてやってきた自負があります。それでも悔しくて苦しかった僕にプレーする環境をくれた飛鳥FCに、僕のプレーを何試合も見ていただきチームに招いてくれた美濃部監督に結果として恩返しができなくて申し訳なく思っています。
僕は初めて飛鳥FCの選手に会った時、心の底から尊敬しました。朝練習をして終わったらすぐ職場へ行き仕事をしているにも関わらず、弱音を吐いたり、仕事を言い訳にする選手が一人もいないし、疲れたなんて顔する人もいませんでした。僕はそんなみんなのためにもプレーで何かしら貢献したいと強く思って過ごしてきました。それにも関わらずプレシーズンで怪我をして、ちゃんとプレーできるようになったのが夏くらいでした。もっと最初から出ていれば、もっと長くプレーできていれば今年の結果も変わったんじゃないかと今でも思う時があります。それでも中断明けから少しずつプレーする機会をいただき、必死に残留を目指しましたが達成できなかったことに自分自身に対して無力だと感じました。
ただ、この一年間サッカーに対しても人としての在り方に対してもとても気づきの多い一年になりました。驕らず、他責にせず、自分を分析して成長することは必ず今後の人生にも活かします。
また、私事ですが先日Jリーグのトライアウトを受けに行ってきました。当日まで自分の練習着で参加しようと思っていたのですが、一年間飛鳥FCにお世話になりこのチームを本当に誇りに思っていたので、勝手ですが飛鳥FCの練習着で参加させていただきました。このエンブレムを背負える幸せを噛み締めてプレーできたこと感謝いたします。
一年間という短い時間でしたが、今年のメンバー、スタッフとプレーできて最高の一年間になりました。飛鳥FCが大好きになりました。ありがとうございました。
Vamos ASUKA!!』

















